日印社会保障協定で企業がすべきこと──一時派遣の免除・厚生年金加入・脱退一時金の実務【2026年版】
制度・法律
インドの開発拠点から日本の工場へエンジニアを2年間呼ぶ計画が決まった。人事部長が給与計算の準備を始めると、経理から「インドでも年金を払っているなら、日本の厚生年金は二重にならないのか」と聞かれる。別の部署では、日本で直接採用したインド人エンジニアが「3年で帰国するので、年金は払い損ではないか」と相談してくる。同じインド人でも、受け入れ方によって答えが違うことを、社内で説明できる人がいない。
問題は、日印社会保障協定が「インド人なら日本の年金に入らなくてよい」という制度だと誤解されやすいことにある。協定が加入を免除するのは、インドの事業主から一時的に派遣される人に限られる。日本の会社や日本の派遣会社が雇う人は、国籍に関係なく厚生年金と健康保険に加入する。協定の対象は年金だけで、健康保険は対象外だ。受け入れ形態を決める段階でこの区別をしておかないと、加入漏れや本人への説明の食い違いが起きる。
この記事では、インド人エンジニアを受け入れる企業の側から、日印社会保障協定の実務を整理します。協定の対象と目的、一時派遣の加入免除と適用証明書、日本で雇用する場合の厚生年金加入、インドEPFの扱い、脱退一時金と期間通算の関係、そして改正が決まった脱退一時金の見直しまでを扱います。
この記事の要点
日印社会保障協定は2016年10月1日に発効した。対象は年金制度で、日本側は国民年金と厚生年金保険、インド側は被用者年金(EPS)と被用者積立基金(EPF)だ。健康保険は対象外になる。
インドの事業主から日本へ5年以内の見込みで一時派遣される人は、インドで適用証明書の交付を受ければ日本の年金制度への加入が免除される。
日本の会社が直接雇用する人、日本の派遣会社に雇用される人は、国籍を問わず厚生年金と健康保険に加入する。協定による免除はない。
インドの年金加入期間は日本の老齢年金の受給資格期間10年に通算できる。一方、脱退一時金を受け取ると、その期間は通算できなくなる。
脱退一時金の支給上限を5年から8年に引き上げる改正が2025年に成立した。施行は公布から4年以内の政令で定める日とされる。
協定は二重負担と掛け捨てを防ぐためのもので、対象は年金だけだ
日印社会保障協定の目的は、年金保険料の二重負担と掛け捨ての防止にある。日本年金機構によると、社会保障協定は加入すべき制度を二国間で調整して二重加入を防ぐことと、両国の年金加入期間を通算して受給要件を満たしやすくすることの2つを目的とする。
項目 | 内容 |
|---|---|
発効 | 2016年10月1日(署名は2012年11月) |
日本側の対象制度 | 国民年金、厚生年金保険 |
インド側の対象制度 | 被用者年金(EPS)、被用者積立基金(EPF) |
対象外 | 健康保険などの医療保険、雇用保険、労災保険 |
二重加入の防止 | あり(EPS・EPFとも) |
期間通算 | あり(EPSのみ。EPFは一時金制度のため対象外) |
自営業者 | 対象外(インドの年金制度が被用者のみを対象とするため) |
日本年金機構の協定相手国別の注意事項では、インドのEPFは退職時に一時金として給付を受ける制度のため、二重加入防止の規定の対象にはなるが、期間通算の対象にはならないとされる。2025年12月時点で日本が協定を発効させている国は24か国で、インドはその1つだ。
実務上の含意は、協定で調整されるのは年金だけだということだ。医療保険は協定の対象外のため、一時派遣で年金の加入が免除される人でも、日本の事業所との間に使用関係があれば健康保険の扱いは国内法どおりに判断する。「協定があるから社会保険はすべて不要」という理解は誤りである。
加入する制度は、雇用主がどこかで決まる
インド人エンジニアがどの年金制度に加入するかは、国籍ではなく、雇用主がインドの事業主か日本の事業主かと、派遣の期間で決まる。受け入れ形態ごとに整理すると次のとおりだ。
受け入れ形態 | 雇用主 | 日本の年金 | インドの年金 | 必要な書類 |
|---|---|---|---|---|
インド企業から5年以内の一時派遣 | インドの事業主 | 加入免除 | 継続加入 | インドの実施機関が発行する適用証明書 |
インド企業から5年を超える派遣 | インドの事業主 | 加入 | 原則として免除 | 延長の個別申請がなければ日本の制度のみ |
日本企業が直接雇用 | 日本の会社 | 加入 | 協定の調整対象外 | 資格取得届 |
日本の派遣会社が雇用し派遣 | 日本の派遣元 | 加入 | 協定の調整対象外 | 派遣元が資格取得届 |
日本年金機構によると、協定相手国から日本に一時的に派遣される人は、派遣期間が5年以内の見込みであれば派遣元国の制度のみに加入し、日本の制度への加入が免除される。5年を超える見込みで派遣される人や、現地採用の人は、日本の制度のみに加入する。
見落とされやすいのは、日本の派遣会社を通じて受け入れる場合だ。派遣という言葉は同じでも、協定の「一時派遣」はインドの事業主に雇用されたまま日本で働く形を指す。日本の派遣元に雇用されたインド人エンジニアは、日本の事業主に雇用される被保険者であり、厚生年金と健康保険に加入する。派遣での受け入れの判断材料は外国人エンジニア採用の3つの方法でも比較している。
なお、インドの事業主に雇用されたまま日本企業の指揮命令下で働く形は、契約の組み方によっては労働者派遣法上の論点が生じる。年金の免除が受けられるかと、その働き方が適法かは別の問題として確認する。
一時派遣の免除は5年以内。延長は個別申請で最長3年
インドの事業主から日本に派遣される人の加入免除は、5年以内の見込みであることが条件だ。当初の見込みを超えて派遣が延びる場合は、個別の申請に基づき両国が合意すれば、さらに延長が認められる。
派遣期間の見込み | 日本の年金 | 手続き |
|---|---|---|
当初から5年以内 | 加入免除 | インドで適用証明書の交付を受け、日本の事業所に提出 |
当初5年以内の予定が延長 | 両国が合意すれば引き続き免除 | 個別に延長を申請。延長は3年まで |
当初から5年を超える見込み | 加入 | 日本の制度のみに加入 |
延長後も通算8年を超える | 原則加入 | 日本年金機構の注意事項を個別に確認 |
日本年金機構の注意事項によると、インドとの協定では、何らかの事情で当初の派遣開始日から5年を超えて派遣期間が延長される場合、個別の申請に基づき両国で合意すれば、3年までは派遣先の年金制度への加入が引き続き免除される。
手続きの流れは、適用証明書をインドの実施機関から受け取るところから始まる。日本年金機構によると、協定相手国から日本に派遣される人は、相手国の実施機関に適用証明書の交付を申請し、交付を受けた証明書を来日後に日本の事業所に提出する。年金事務所から提示を求められたときや、調査で日本の制度に加入していない理由を尋ねられたときは、この証明書を示す。派遣が延びるときは、相手国の事業主が新しい適用証明書を申請する。
含意は、受け入れ側の日本企業にも保管と提示の責任があるということだ。適用証明書の写しを人事記録と一緒に保管し、有効期間の終期を在留期間と同じ台帳で管理しておきたい。
日本で雇用するなら、厚生年金と健康保険に加入する
日本の会社がインド人エンジニアを雇用する場合、厚生年金保険と健康保険の加入は日本人と同じ条件で判断する。日本年金機構は、適用事業所に使用される人は国籍や性別、賃金の額等に関係なく被保険者となると明示している。
これは直接雇用でも、日本の派遣会社を経由した受け入れでも変わらない。派遣の場合は派遣元が事業主として資格取得届を提出し、保険料を負担する。派遣先は、派遣先管理台帳に社会保険と雇用保険の被保険者資格取得届の提出の有無を記載し、「無」の場合は理由を確認する。
経営判断で押さえたいのは、厚生年金の保険料が人件費に占める重さだ。厚生年金の保険料率は18.3%で、事業主と本人が折半する。短期間で帰国する見込みの人でも保険料は発生し、帰国後の脱退一時金として一部が本人に戻る設計になっている。この点を採用時に本人へ説明しておくと、「払い損ではないか」という不満を抑えられる。人件費全体の見積もりは半導体エンジニアの年収と採用コストで扱っている。
インドEPFは本人の資産。日本側で精算する義務はない
日本で雇用するインド人エンジニアがインドで積み立ててきたEPFは、本人とインドの制度の間の問題であり、日本の雇用主が精算する必要はない。ただし、本人にとっては重要な関心事なので、協定上の位置づけを説明できるようにしておく。
インドの従業員積立基金機構(EPFO)は、協定相手国から来た国際労働者で、協定に基づく適用証明書を持つ人をインド制度の適用除外者として扱う。逆にインドから協定相手国へ派遣される人には、EPFOが適用証明書を発行し、派遣先の国での保険料の支払いが免除される。EPFOの説明では、協定国で働く国際労働者は、協定による通算を含めても受給資格期間の10年に満たない場合、EPSの脱退給付を受けられるとされる。
インドの年金加入期間は、日本の年金の受給資格期間に通算できる。日本年金機構の注意事項では、インドのEPSの加入期間(一時金として給付を受けた期間を除く)を日本の年金の受給資格期間に算入できるとされる。日本の老齢年金は受給資格期間が10年のため、日本での加入期間が短くても、インドのEPS期間と合わせて10年に届けば、日本での加入期間分の老齢年金を受け取れる可能性がある。
本人の状況 | 日本での将来の年金 | 注意点 |
|---|---|---|
日本とインドのEPS期間の合計が10年以上 | 日本の加入期間分の老齢年金を受給できる可能性 | 脱退一時金を受け取ると通算できなくなる |
合計が10年未満で帰国 | 老齢年金は受給できない | 脱退一時金の対象になり得る |
インドでEPSを一時金で受け取り済み | その期間は通算されない | 日本側の資格期間の計算に注意 |
脱退一時金と期間通算は、どちらか一方になる
脱退一時金を受け取ると、その計算の基礎になった期間は年金加入期間でなくなり、協定による通算にも使えなくなる。インド人エンジニアにとっては、帰国時に一時金を受け取るか、将来の年金のために期間を残すかの選択になる。
日本年金機構によると、脱退一時金の主な要件は、日本国籍を有しないこと、公的年金制度の被保険者でないこと、老齢年金の受給資格期間10年を満たしていないこと、日本国内に住所を有していないこと、厚生年金の加入期間が合計6か月以上あることなどで、資格喪失日から2年以内に請求する。2021年4月以降に保険料を納めた期間がある場合、支給額の計算に使う月数の上限は60月(5年)となっている。
税の扱いにも差がある。国税庁の案内では、非居住者が受け取る厚生年金の脱退一時金には20.42%の所得税が源泉徴収される。退職所得の選択課税による還付の申告をすれば、還付を受けられる場合がある。申告には、帰国前に納税管理人の届出をしておく必要がある。国民年金の脱退一時金は源泉徴収されない。
選択 | 本人が得るもの | 失うもの | 向く人 |
|---|---|---|---|
脱退一時金を請求 | 帰国後に一時金 | その期間の年金加入期間と通算の可能性 | 日本に戻る予定がなく、合計10年に届かない人 |
請求せずに期間を残す | 将来、通算で日本の年金を受給できる可能性 | 当面の一時金 | 日本に戻る可能性がある人、インドEPSと合わせて10年に届く人 |
企業ができるのは、判断に必要な事実を帰国前に伝えることだ。請求は本人の権利であり、企業が代わりに選ぶことはできない。ただし、退職手続きの際に要件と通算の関係を説明しておくと、本人の選択の質が上がり、企業への信頼にもつながる。定着と帰国の両面での支援はインド人エンジニアの受け入れと定着で扱った。
脱退一時金の上限は8年に引き上げが決まった
脱退一時金の支給上限を5年から8年に引き上げる改正が、2025年に成立した。厚生労働省の年金制度改正の資料によると、見直しは支給上限の引き上げと、再入国許可付きで出国した外国人には許可の有効期間内は脱退一時金を支給しないことの2点で、施行は公布から4年以内の政令で定める日とされる。
時期 | 内容 |
|---|---|
2016年10月1日 | 日印社会保障協定が発効 |
2021年4月 | 脱退一時金の支給上限を36月から60月に引き上げ |
2025年6月 | 年金制度改正法が成立。脱退一時金の上限8年化と再入国許可中の不支給を規定 |
公布から4年以内の政令で定める日 | 上記の脱退一時金の見直しを施行 |
厚生労働省は、育成就労から特定技能1号へ移行して8年程度滞在する人が増えることを見直しの背景に挙げている。エンジニアの場合も、5年を超えて日本で働いた人が帰国時に受け取れる額の上限が広がることになる。一方、再入国許可を得て一時帰国している間は請求できなくなるため、帰国を決めたかどうかで扱いが変わる。本記事の執筆時点で日本年金機構の案内は上限60月のままであり、施行日は今後の政令で確認する必要がある。
受け入れ前に決めておく5つのこと
日印社会保障協定への対応は、受け入れ形態を決める段階でほぼ決まる。受け入れ後に気づいて修正するより、事前に次の5点を決めておくほうが手戻りが少ない。
第1に、雇用主をインドの事業主にするか日本の事業主にするか。これで年金の加入先が決まる。第2に、インドからの一時派遣なら、派遣期間の見込みが5年以内かどうか。第3に、適用証明書の写しの保管と、有効期間の管理を誰が担うか。第4に、日本で雇用する場合、厚生年金と健康保険の資格取得を入社時に確実に行うこと。第5に、帰国時に脱退一時金と期間通算の関係を本人に説明する担当を決めておくこと。
在留資格の手続きも並行して走る。一時派遣で日本の事業主と雇用関係がない人と、日本で雇用される人とでは、在留資格の選び方も変わり得る。在留資格の基本は外国人エンジニアのビザと法律の基礎知識にまとめた。
よくある質問
Q. インド人を雇えば日印社会保障協定で日本の厚生年金に入らなくてよいのですか
いいえ。協定で日本の年金制度への加入が免除されるのは、インドの事業主に雇用されたまま、5年以内の見込みで日本に一時派遣される人に限られます。日本の会社が直接雇用する場合や、日本の派遣会社が雇用して派遣する場合は、国籍に関係なく厚生年金と健康保険の被保険者になります。日本年金機構も、適用事業所に使用される人は国籍に関係なく被保険者になると明示しています。
Q. 日印社会保障協定で健康保険も免除されますか
免除されません。日印社会保障協定の対象は年金制度で、日本側は国民年金と厚生年金保険、インド側は被用者年金と被用者積立基金です。健康保険などの医療保険は協定の対象外です。一時派遣で年金の加入が免除される人でも、日本の事業所との間に使用関係があれば、健康保険は国内法どおりに加入の要否を判断します。社会保険をまとめて免除と理解しないよう注意してください。
Q. 適用証明書はどこが発行し、日本企業は何をすればよいですか
インドから日本に派遣される人の適用証明書は、インドの実施機関である従業員積立基金機構が発行します。日本年金機構によると、交付を受けた証明書は来日後に日本の事業所に提出し、年金事務所から提示を求められたときや調査の際に示します。日本企業は写しを保管し、有効期間の終期を管理してください。派遣が延長される場合は、インドの事業主が新しい証明書を申請します。
Q. 5年を超えて日本にいることになったらどうなりますか
当初5年以内の見込みで派遣された人が、事情により5年を超えて派遣される場合は、個別の申請に基づき両国が合意すれば、3年まで引き続き日本の年金制度への加入が免除されます。当初から5年を超える見込みの派遣は、日本の年金制度のみに加入します。延長の申請が認められない場合や期間を超えた場合は日本の制度に加入するため、終期が近づいたら早めに方針を決めてください。
Q. インドで積み立てたEPFは日本で何か手続きが必要ですか
日本の雇用主がインドのEPFを精算する必要はありません。EPFは退職時に一時金として給付を受ける制度で、協定では二重加入防止の対象ですが、期間通算の対象ではありません。期間通算の対象になるのは被用者年金(EPS)の期間で、一時金として給付を受けた期間を除き、日本の老齢年金の受給資格期間10年に算入できます。インド側の請求は本人がEPFOに行います。
Q. 3年で帰国するインド人社員の厚生年金保険料は払い損になりませんか
帰国後に脱退一時金を請求すれば、加入期間に応じた一時金が支払われます。要件は日本国外に住所があること、厚生年金の加入期間が6か月以上あることなどで、資格喪失日から2年以内に請求します。非居住者の受け取る厚生年金の脱退一時金には20.42%の所得税が源泉徴収されますが、納税管理人を通じた申告で還付を受けられる場合があります。日本に戻る可能性があれば、期間を残す選択もあります。
Q. 脱退一時金の上限8年はいつから適用されますか
2025年に成立した年金制度改正法で、支給上限を5年から8年に引き上げること、再入国許可付きで出国した人には許可の有効期間内は支給しないことが決まりました。厚生労働省の資料では、施行は公布から4年以内の政令で定める日とされています。本記事の執筆時点で日本年金機構の案内は上限60月のままのため、実際の適用開始日は政令と日本年金機構の案内で確認してください。
まとめ
日印社会保障協定は2016年10月1日に発効し、対象は年金制度だけだ。健康保険などの医療保険は対象外になる。
日本の年金への加入が免除されるのは、インドの事業主から5年以内の見込みで一時派遣される人に限られる。延長は個別申請で3年まで。
日本企業が直接雇用する人、日本の派遣会社が雇用する人は、国籍に関係なく厚生年金と健康保険に加入する。
インドのEPS期間は日本の老齢年金の受給資格期間10年に通算できる。EPFは通算の対象外で、日本の雇用主が精算する必要はない。
脱退一時金を受け取ると期間通算はできなくなる。帰国前に本人へ要件と選択肢を説明しておく。
脱退一時金の上限を8年に引き上げる改正が成立した。施行日は政令で確認する。
淡路グローバルゲートウェイ(AGG)では、インド人エンジニアの派遣・紹介にあたり、受け入れ形態に応じた社会保険の整理や、帰国時の脱退一時金の説明を含めた受け入れ体制づくりをご支援しております。受け入れ形態の検討段階からご相談いただけます。無料相談フォームからお気軽にお問い合わせください。
監修者
Naoya Mitani /淡路グローバルゲートウェイ(AGG) 事業統括責任者
インドITエンジニアの可能性に着目し、AGGのIT人財部を設立しました。事業統括責任者として、エンジニア派遣事業の戦略立案と実行を担っています。


