インド半導体ミッション(ISM)と人材をどう見るか──承認12件・Semicon 2.0・日印協力【2026年版】
半導体業界
経営会議で「インドは半導体人材の宝庫だから、そこから採ればよい」という発言が出る。人事部長が調べ始めると、インド政府の発表は工場の承認件数や投資額ばかりで、自社が採りたいプロセスエンジニアや装置エンジニアがどこにどれだけいるのかは見えてこない。インド国内でも工場が立ち上がり始めた今、採用の窓口を開くべきか、様子を見るべきか。判断材料がそろわないまま、年度の採用計画の締切が近づく。
問題は、インドの半導体人材を1つの塊として捉えている点にある。インド半導体ミッション(ISM)は設計・後工程・前工程で進み方がまったく違い、人材の厚みもそれに比例する。設計は大学と新興企業の層が厚い。後工程は2025年から商業生産が始まった。前工程の量産ファブは最初の1棟の稼働が2028年予定である。日本企業が欲しい人材がどの層にいて、インド国内の需要とどこで競合するのかを分けて見なければ、採用の打ち手は決まらない。
この記事では、インド半導体ミッションの現在地をインド政府の一次発表で確認し、日本企業がインドの半導体人材をどう活用するかを整理します。承認済み案件と工場計画、2026年に始まった次の段階(Semicon 2.0)、設計人材と学生の育成プログラム、日印政府間の協力枠組み、そして今どの層を狙うべきかまでを扱います。
この記事の要点
インド政府の発表では、ISMの下で2026年7月までに12件、累計1兆6,400億ルピー超の製造拠点が承認された。内訳はシリコンファブ1、SiCファブ1、GaNディスプレイ1、後工程9である。
インド政府は最初のファブの稼働を2028年と予定している。承認済みのシリコンファブはTata Electronics(台湾PSMCの技術協力)の1件で、後工程は3社が商業生産を始めている。
2026年7月に後継のSemicon 2.0(予算1兆2,750億ルピー)が閣議承認され、設計・装置と材料・ファブ・後工程・研究開発・人材の6本柱が示された。
人材育成は設計に厚い。EDAツールを使う学生は約6万8,000人に達したとされる一方、量産ファブの実務経験者はインド国内でもこれから育つ段階にある。
日本企業が今狙うべきは、日本在住者と、業務内容が自社の職務と1対1で合う層である。インド国内の工場立ち上げが進むほど、プロセス・装置系は取り合いになる。
ISMは「設計から後工程、次に前工程」の順で進んでいる
インド半導体ミッションは、設計と後工程が先行し、前工程の量産は2028年以降に本格化する計画である。インド政府広報局(PIB)の資料によれば、ISMの第1段階は2021年12月に閣議承認され、シリコンファブ、化合物半導体、後工程(ATMP/OSAT)、チップ設計に対し最大50%の財政支援を行う7,600億ルピーの枠組みとして始まった。
時期 | 出来事 | 出典(インド政府) |
|---|---|---|
2021年12月 | ISM(第1段階)を閣議承認、7,600億ルピーの支援枠 | PIB |
2025年12月時点 | 10件、1兆6,000億ルピーの案件を6州で承認 | PIB(2026年2月) |
2026年2月 | 2026-27年度予算でISM 2.0を発表、同年度に100億ルピーを計上 | PIB |
2026年5月 | 2件を追加承認し計12件、累計約1兆6,400億ルピー | PIB |
2026年7月 | Semicon 2.0を閣議承認、予算1兆2,750億ルピー | PIB |
2028年予定 | 最初のシリコンファブの稼働 | PIB |
規模感をつかむために円に直すと、承認済み投資の累計1兆6,400億ルピーは、世界銀行が公表する2025年の平均為替レート(1ルピー約1.7円)で約2.8兆円になる。インド政府は国内の半導体市場を2023年の約380億ドルから2030年に1,000〜1,100億ドルへ拡大すると見込む業界推計を引用している。
承認済み12件の中身を工程で分けて見る
承認案件を工程で分けると、12件のうち9件が後工程で、前工程のシリコンファブは1件にとどまる。PIBが公表した案件の主なものを整理する。
工程 | 事業者(所在州) | 投資額 | 生産能力・特徴 |
|---|---|---|---|
前工程(シリコン) | Tata Electronics(グジャラート) | 9,152億ルピー | 台湾PSMCとの技術協力、月産5万枚規模 |
前工程(SiC) | SiCSem(オディシャ) | 206億ルピー | 月産5,000枚、パッケージングも併設 |
化合物・表示 | Crystal Matrix(グジャラート) | 同時承認の後工程1件と合わせ約394億ルピー | GaNのMini/Micro-LEDディスプレイ |
後工程(メモリ) | Micron Technology(グジャラート) | 2,251億ルピー | DRAM・NANDの組立・テスト |
後工程 | Tata Electronics(アッサム) | 2,712億ルピー | 国産パッケージ技術、日産4,800万個 |
後工程 | CG Power(グジャラート) | 758億ルピー | Renesas Electronics America、Stars Microelectronicsとの合弁 |
後工程 | Kaynes Technology(グジャラート)ほか | ― | 残る後工程・ディスクリート案件 |
2026年7月のPIB発表では、12件のうちMicron、Kaynes、CG Semiの3社が商業生産を開始し、さらに1件が2026年中に始まる見込みとされた。つまり、インドで「量産の現場」を経験した人材が生まれ始めているのは後工程であり、前工程の量産経験者が国内で育つのは2028年以降になる。
Semicon 2.0で次の重点は装置・材料と先端ノードに移る
次の段階の重点は、工場の誘致から装置・材料・知財・人材へと広がる。2026年7月15日にインド連邦内閣が承認したSemicon 2.0は、予算1兆2,750億ルピーで、設計、装置と材料、ファブの追加、後工程の強化、研究開発、人材育成の6本柱を掲げた。
注目すべきは2点ある。第一に、装置と材料・化学品・ガスの製造と研究開発を支援対象に明記したことだ。これは、日本企業が強い領域でインド国内の需要が生まれることを意味する。第二に、人材の柱で「クリーンルーム、ファブ建設などのエコシステムの訓練」に産業界を積極的に関与させるとしたことだ。インド政府自身が、前工程の実務人材はこれから育てる対象だと位置づけている。
PIBは2026年2月の資料で、2029年までに国内用途の70〜75%のチップを設計・製造できる能力を得ること、次の段階で3ナノ・2ナノの技術ノードへのロードマップを持つことにも触れている。いずれも政府の目標であり、達成時期は工場の立ち上げ状況に左右される。
人材育成は設計に厚く、製造は訓練の途上にある
インドの半導体人材の厚みは工程によって大きく異なり、最も厚いのは設計である。PIBの資料と閣議発表から、主な育成施策を整理する。
施策 | 対象 | 規模(インド政府発表) | 日本企業にとっての意味 |
|---|---|---|---|
Chips to Startup(C2S) | 大学・新興企業のチップ設計 | 315大学に最新EDAツール、約6万8,000人の学生が訓練済み | 設計・検証の若手層が厚い |
設計連動インセンティブ(DLI) | 設計の新興企業・中小企業 | 24件の設計案件を支援、105社にEDAツールを提供 | 設計受託・協業の相手先候補 |
SMART Lab(NIELIT Calicut) | 半導体技術の訓練 | 10万人目標、6万2,000人超が訓練済み | 基礎訓練を受けた層が広がる |
Lam Researchとの連携 | ナノ加工・プロセス、後工程 | 10年で6万人の育成を目標 | プロセス人材はこれから育つ |
AICTEの専門課程 | 学部・ディプロマ | VLSI設計の学位課程、IC製造のディプロマ | 新卒の専攻が半導体に寄り始めた |
学術機関からは122件の設計がテープアウトされ、56チップがモハリの半導体研究所(180nm)で製造されたとPIBは報告している。設計の基礎を実チップで経験した学生が毎年出てくることは、日本企業にとって大きい。一方、プロセスや装置の訓練は目標値が中心で、量産ラインでの実務年数を積んだ人材はまだ限られる。
インド工科大学(IIT)を含む大学の一般的な評価はIITエンジニアのスキルと採用のポイントで扱っている。
日印政府間の協力枠組みを押さえる
日本とインドの政府間では、半導体と人材の両面で協力枠組みがすでにある。採用やインドでの事業検討の前提として押さえておきたい。
時期 | 枠組み | 内容 |
|---|---|---|
2023年7月20日 | 日印半導体サプライチェーンパートナーシップ(経済産業省・インド電子IT省) | 政策対話の立ち上げ、政府間・企業間協力、人材育成での取組促進 |
2025年8月29日 | 日印デジタル・パートナーシップ2.0(協力覚書) | 半導体・AI・デジタル公共インフラを重要項目に位置づけ |
2025年8月 | 日印経済安全保障イニシアティブ | 半導体など重要物資のサプライチェーン強靱化 |
2025年8月 | 日印人材交流・協力アクションプラン | 5年間で50万人の相互交流、うちインドから日本へ熟練・将来性のある人材5万人 |
経済産業省の資料によれば、アクションプランの具体策には、日本企業によるインドの大学訪問を通じた半導体・AI分野の雇用機会の周知、インドでの日本語教育へのアクセス改善、日本企業の寄付講座や職業訓練への補助などが含まれる。同省は、半導体・AI企業のインド派遣とマッチング、インターンや研修の機会提供といった事業も実施している。2025年8月の首脳会談時には、東京エレクトロンとTata Electronicsの協力など、半導体分野の民間覚書も公表された。
政府の枠組みは、採用の入口を広げる。ただし個社の採用を代行するものではない。どの層をどう採るかは企業側の設計に委ねられる。
インド国内の需要と、日本企業が競合する場所
今後、インド国内の工場立ち上げは日本企業の採用と正面から競合する。特にプロセス・装置・設備保全の実務者である。
後工程はすでに商業生産が始まり、前工程も2028年に向けて建設と立ち上げが進む。PIBは2026-27年度だけで、支援対象のファブと後工程ユニットにより計4,500人の雇用を見込んでいる。量産経験を持つインド人エンジニアは、日本、台湾、シンガポール、米国などの海外拠点にもいるが、自国での大型案件が始まれば帰国の選択肢が現実味を帯びる。
設計人材は層が厚い一方、世界の半導体企業がインド国内に設計拠点を置いており、国内で高待遇の選択肢がある。日本で働く動機は、給与だけではなく、担当する技術領域、日本の装置・材料メーカーとの接点、生活環境の総合で決まる。候補者が「なぜ日本か」に答えられる職務設計が必要になる。職種ごとの業務内容の違いは半導体エンジニアの職種一覧で整理している。
採るなら今どの層か
日本企業が今採用の対象にすべきは、職務との一致度と着任までの期間で優先順位をつけた層である。弊社が大手半導体メーカーの量産立ち上げ案件にエンジニアをご提案してきた経験から、層ごとの見通しを整理する。
層 | 人材の厚み | 着任までの期間 | 見送られやすい理由 | 優先度 |
|---|---|---|---|---|
日本在住のインド人エンジニア(量産経験あり) | 薄い | 1〜2か月 | ― | 最優先 |
日本在住(研究機関・大学中心) | 一定数 | 1〜2か月 | 量産現場の経験が確認できない | 業務一致が強い職務に限る |
インド在住・後工程の量産経験者 | 増えつつある | 半年程度 | 開始日が先になる | 開始日を許容できる職務 |
インド在住・設計・検証 | 厚い | 半年程度(遠隔なら短縮) | 業務の中身がずれる | 設計・検証・データ解析 |
インドの新卒(VLSI専攻等) | 厚い | 1年以上 | 即戦力にならない | 中長期の育成枠 |
実際の選考で繰り返し見えた点が3つある。第一に、エッチング・成膜・めっきやウェットなどのプロセス系は「量産ファブでの実務経験」を見られる。研究機関や大学のクリーンルーム中心の経歴は、「量産装置での経験がない」「量産現場の経験が確認できない」という理由で見送られた。第二に、海外在住でビザ待ちに約6か月かかる提案は「開始日が先付」で通らなかった。「3か月以上は待てない」と明言された求人もある。第三に、職種名が近くても業務がずれると見送られる。検査職に解析寄りの経歴を出すと「解析部門寄り」と判断された。
逆に、量産経験が「尚可」の求人では、SEMやEDXでの欠陥解析、測定、データ解析という中核業務が一致した候補者が職場見学まで進んだ。求人票の業務内容の各行と経歴を1対1で照合し、過半が直接当たるかで判断すると精度が上がる。見極めの方法は海外エンジニアの選考と面接にまとめた。
日本在住者の母数は小さい。弊社のアジア技術人材研究所の調査では、日本在住のインド国籍で半導体分野の人材を約180回の検索で探し、実在を確認できたのは11名だった(公開情報で確認できた範囲であり、実数そのものではない。淡路グローバルゲートウェイ調べ)。国内在住者の採用手続きは日本在住の外国人エンジニアを採用する方法を参照してほしい。
活用の形は採用だけではない
インドの半導体人材の活用は、日本での採用に限らない。工程と職務によって、適した形が異なる。
設計・検証・データ解析・CAD業務は、インドに拠点を置いたまま協業する形が取りやすい。インド政府は設計の新興企業を支援しており、DLIで支援を受けた企業は24社、EDAツールの提供を受けた企業は105社に上る。一方、クリーンルームでの装置立ち上げやプロセス条件出しは現場にいなければできない。前工程・装置系は日本での就労を前提に、日本在住者を優先し、海外在住者は開始日を許容できる職務に絞る。
雇用形態の選択肢もある。派遣であれば、契約更新ごとに体制を見直せるため人件費を変動費として扱え、自社の正社員採用基準を満たさない人材でも業務に必要な能力があれば受け入れられる。半導体人材の確保策全体は半導体業界の人材不足と確保策で扱っている。
よくある質問
Q. インド半導体ミッション(ISM)とは何ですか
インド政府が半導体の設計・製造・後工程の国内拠点化を進めるための国家計画です。インド政府広報局によれば、第1段階は2021年12月に閣議承認され、ファブ、化合物半導体、後工程、設計に最大50%の財政支援を行う7,600億ルピーの枠組みで始まりました。2026年7月には後継のSemicon 2.0が予算1兆2,750億ルピーで承認されています。
Q. インドではすでに半導体を量産していますか
後工程では量産が始まっています。2026年7月のインド政府発表では、承認済み12件のうちMicron、Kaynes、CG Semiの3社が商業生産を開始しました。承認済みのシリコンファブはTata ElectronicsがPSMCの技術協力で進める1件で、インド政府は最初のファブの稼働を2028年と予定しています。前工程の量産経験者がインド国内で育つのはこれからです。
Q. インドの半導体人材はどの分野が多いですか
設計分野が最も厚い層です。インド政府は315大学に最新のEDAツールを提供し、約6万8,000人の学生が訓練を受けたとしています。学術機関から122件の設計がテープアウトされ、56チップが実際に製造されました。一方、プロセスや装置の訓練は目標値が中心で、量産ラインの実務経験者は限られます。
Q. 日本とインドの間に半導体の協力枠組みはありますか
あります。経済産業省とインド電子IT省は2023年7月20日に日印半導体サプライチェーンパートナーシップを結び、政策対話と人材育成での協力を掲げました。2025年8月には日印デジタル・パートナーシップ2.0で半導体が重要項目となり、人材交流アクションプランでインドから日本への熟練・将来性のある人材5万人を含む5年50万人の交流目標が示されました。
Q. インドの量産工場の立ち上げは日本企業の採用に影響しますか
影響します。特にプロセス・装置・設備保全の実務者で競合が強まります。インド政府は2026-27年度に支援対象のファブと後工程で計4,500人の雇用を見込んでいます。海外で量産経験を積んだインド人エンジニアにとって、自国の大型案件は現実的な選択肢になります。採用を検討するなら、国内工場の稼働前の今が動きやすい時期です。
Q. インド在住の半導体エンジニアを採用するときの注意点は何ですか
着任までの期間と業務の一致度です。弊社の提案経験では、ビザ待ちで約6か月かかる海外在住者の提案が「開始日が先付」で見送られた例があり、3か月以上は待てないと明言された求人もありました。プロセス系は量産ファブでの実務経験を見られます。求人票の業務内容と経歴を1行ずつ照合し、過半が直接当たる候補者に絞ることが有効です。
Q. 設計人材はインドに置いたまま活用できますか
設計・検証・データ解析・CADのように現場に立ち会う必要のない業務は、インド在住のまま協業する形が取りやすい領域です。インド政府は設計の新興企業を支援しており、協業先の候補も増えています。一方、装置の立ち上げやプロセス条件出しは現場での作業が前提のため、日本での就労を前提に日本在住者を優先して検討します。
まとめ
ISMは設計と後工程が先行し、前工程の量産は2028年の最初のファブ稼働から本格化する。承認は2026年7月までに12件、累計1兆6,400億ルピー超。
2026年7月承認のSemicon 2.0は、装置・材料、先端ノード、人材育成に重点を広げた。日本企業の強い領域でインド国内の需要が生まれる。
インドの人材は設計に厚く、前工程の量産経験者は国内でもこれから育つ段階にある。
日印間には半導体サプライチェーンパートナーシップ、デジタル・パートナーシップ2.0、人材交流アクションプランがあり、採用の入口は広がっている。
今採るべきは、日本在住で職務と1対1で一致する層である。海外在住者は開始日を許容できる職務に絞る。
設計・検証・データ解析はインドに置いたままの協業も選択肢になる。
淡路グローバルゲートウェイ(AGG)では、日本在住者を中心とした外国人半導体エンジニアのご紹介・派遣と、求人票の業務内容に沿った候補者の見極めをご支援しております。インドの人材をどの層から、どの形で活用するかのご相談も承っております。無料相談フォームからお気軽にお問い合わせください。
監修者
Naoya Mitani /淡路グローバルゲートウェイ(AGG) 事業統括責任者
インドITエンジニアの可能性に着目し、AGGのIT人財部を設立しました。事業統括責任者として、エンジニア派遣事業の戦略立案と実行を担っています。


